一人の少女の好奇心から生まれた織物
福岡県には、7品目の伝統的工芸品があります。そのうちの一つが、筑後市と八女郡広川町を中心に、19の織り元でつくられている久留米絣です。
久留米絣は、伊予絣(愛媛県)、備後絣(広島県)と並び、日本三大絣の一つに数えられています。
ここでまず、「絣」について簡単に触れておきましょう。
絣とは、日本を代表する伝統的な織物技法の一つで、あらかじめ糸の一部を括って染め分け、それを織り上げることで、模様がかすれたように見えるのが特徴です。その歴史は江戸時代末期にさかのぼり、庶民の普段着として広く親しまれ、実用性と、素朴で温かみのある美しさを兼ね備えた織物として発展しました。現在では着物に限らず、衣服やインテリアにも活用されています。
久留米絣は1800年頃、久留米の米穀商の娘・井上伝の好奇心から生まれたと伝えられています。当時12〜13歳だった伝は、色褪せた藍染めの着物に浮かぶ白い斑点の模様に目を留めました。
「織る前に糸を括って染めたから、この模様が生まれたのではないか」
そう考えた伝は、布をほどき、試行錯誤を重ねながら、木綿糸を使って括りと染めを工夫し、独特のかすれの模様を持つ織物を生み出すことに成功します。
伝の技法は周囲の人々に伝えられ、農閑期の副業として広がり、地域の産業へと普及。さらに、久留米藩の輸出品として、全国に知られる存在となっていきました。
久留米絣の多彩な文様
丈夫で着心地に優れる久留米絣は、庶民の普段着として長く重宝されてきました。同時に、図案や技法が洗練され、より精緻な文様も可能になります。
十字、市松、井桁、亀甲といった幾何学柄から、草花、鳥、動物をモチーフにした絵柄(絵絣)まで、その種類はさまざま。また、それぞれの文様には、豊作や長寿、家内安全といった願いが込められています。
現在の久留米絣では、こうした伝統的な文様を大切にしながらも、現代の暮らしに寄り添う新しいデザインが生み出されています。
久留米絣は、この「図案」の作成から始まり、「整経」「整緯」「括り」「藍染め」「水洗い」「乾燥」「経巻」「管巻」「⼿織り」「仕上げ」「整反」など、30余りの工程を経て、世に送り出されます。これらは分業制が基本で、それぞれの職人が担当します。
今回は、1919(大正8)年創業の「池田絣工房」(福岡県筑後市)を訪ね、実際の作業を見せていただきました。
文様の下ごしらえとなる緻密な数式
案内してくださったのは、4代目の池田大悟さんです。
工房には、タテヨコ絣から絵絣まで、さまざまなデザイン画が積み重ねられていました。しかし、これだけでは絣は織れません。経糸が何本必要か、緯糸を何回往復させるのか――。そうした数値を計算し、細かく書き込んでいくことで、はじめて設計図が完成します。
久留米絣の反物の幅は約37~38cmで、縦方向の柄のリピートは約25cmのため、着物に仕立てた際に左右・上下の柄がきれいにつながるよう、細心の注意が払われます。
糸の本数が決まると、整経、整緯の工程へ。
久留米絣における整経と整緯は、仕込んだ絣糸を、正確に織れる状態へ整えるための非常に重要な準備の工程です。
整経では、図案にもとづいて、経糸の絣糸と地糸を割り出し、経糸を一定の張力で揃え、必要な本数、長さ、密度、幅になるように大枠に巻き取ります。久留米絣の場合、経糸にも絣柄が仕込まれているため、1本でも順番を間違えると柄が崩れてしまいます。
整緯とは、久留米絣では、緯糸の準備、柄合わせのための作業を指します。緯糸を約20本の単位で、経の長さのなかにある柄の数に応じて整えます。
次の括りの工程のために、糸を束にしておきます。
見せていただいたノートには、文様ごとにびっしりと数式が書き込まれていました。
手織りの場合は細かな文様を表現するために糸の束を細く、機械織りの場合は効率的に生産するために太くします。また、藍染めの場合は太くすると絞りの作業が難しくなるため細いほうが好ましく、化学染料の場合は細いと浸透しすぎるため太くします。織り方や染め方、さらに糸の番手、職人の経験値などに応じて、数字は微妙に変わってくるそうです。
ここまでが、下ごしらえの作業となります。
色味や匂い、泡の立ち方。日々の藍との対話
整経、整緯、そして、図案に従って準備した経糸と緯糸を柄に応じて断続的に糸で縛り防染する括りの工程を終えると、藍染めの工程となります。久留米絣は、他の産地に先駆けて化学染料も用いるようになりましたが、手織りの久留米絣の9割ほどは藍染めが占めています。藍の原料である蒅には、徳島産の阿波藍が使われています。
20の藍甕が並ぶ染め場に足を踏み入れると、藍の独特の香りが漂ってきます。甕の表面に丸い泡が立っている状態は「藍の花が立つ」と呼ばれ、藍染めに適した合図です。池田絣工房では、基本的に大悟さんが藍染めを担当しています。
藍染めはほぼ毎日行われ、糸の束を浸しては絞り、叩く、という作業を午前中に繰り返し、午後から干します。叩くことで、括っている際の部分まできれいに染まり、糸が締まって丈夫になるのだとか。染液は赤茶色ですが、甕のなかから引き上げられた糸は空気に触れることで、みるみるうちに青く変化します。
染める回数が増えるごとに、「瓶覗き」「浅葱」「縹」「藍」「紫紺」というように色名は変わり、青の濃度は増していきますが、黒に近い「濃紺」の場合では、60〜70回、浸す、絞る、叩く、という作業を繰り返します。
「色が濃くなればなるほど手間がかかるので、価格は高くなりますが、それでは、薄い色だと安いのかといわれると、そういうわけではありません。薄い色はムラが出やすく、実は難しいんです。毎日、甕場に立ち、気温や湿度を気にしながら、色味や匂い、泡の立ち方を確認し、藍の調子を整えていくことが大切ですね。染めた後も、洗いの程度や干す時間によっても染まり具合は変わるので気は抜けません」
手織り機から生まれる風合いと美しい文様
藍染めを終え、水洗い、乾燥などを経て、ようやく手織りの工程へ。久留米絣の織機には、一部に動力を利用した足踏み手機(手織りの織機)とすべてを手作業で行う投げ杼織の両方があり、それぞれに利点があります。池田絣工房でも両方を用いていますが、普段のものづくりでは生産効率のよい足踏み手機を主に使用して生地を織り上げています。
池田絣工房では、定年退職した方や子育て中の方など幅広い属性の方が従事しており、織り手や糸、織機によって、仕上がりの表情が異なるのも魅力です。
池田さんは言います。
「投げ杼機は、すべてを手で行うため足踏み手機に比べ時間はかかりますが、文様を目で見て、手で微調整ができるので、より細かく美しい文様が生まれます」
価値の共有で、多くの人に久留米絣を
現在、久留米絣の工房の数は最盛期の約6分の1にあたる19軒。
「簡単に言えば、儲からないからですね」と池田さんは率直に語ります。
流通のシステムやライフスタイルの変化などが、その原因として挙げられますが、家業を継ぐ前に会社員として営業や商品開発を経験している池田さんは、柔軟な発想で久留米絣の未来を考えています。
一つは、流通の改革です。従来の問屋との関係は維持しながらも、催事の売り場に立ったり、SNSやウェブサイトで情報を発信したりと、お客様との直接のコミュニケーションを図っています。お客様との久留米絣の「価値の共有」を大切にしているのです。
もう一つは、女性のお洒落着を中心とした商品展開や、廃棄されることの多い括り糸を生かした枕カバーやクッションなどのインテリアの開発も積極的に進めています。こうした伝統に縛られない姿勢は、久留米絣の歴史的な背景も大きいのでは、と池田さんは語ります。
「井上伝が久留米絣を発見したのは、12、3歳のときといわれていますが、江戸時代の12、3歳といえば、成人の年齢らしいんですよ。今でいう大学生や就職したばかりの若い女性が、『こうしたらかわいいんじゃない』といった感じのお洒落心から始まったんだろうな、と想像しています。藍染めだけじゃなく、化学染料を取り入れたのも早かったし、産地内で仕事をシェアしたり、他の産地の下請け的なことをしたり、久留米絣の発展につながるのであれば、自由にやっていいのでは。そういう気持ちで、日々の仕事に取り組んでいます。あと、今うちにも、20代の若い子たちが働いてくれていますが、彼らがいざ独立したいとなったときに手助けしたい。今ある19軒を維持するというより、どうすれば増やしていけるか、を考えないといけないと思っています」
撮影/柿崎豪
編集/森木友香、玉井瑞木
<イベント情報>
2026年の第四回銀座名匠市では、今回訪れた「久留米絣」の職人の池田大悟さんによる、技の実演を行います。ひとつの作品が完成するまでに行われる緻密な作業をぜひこの機会にご覧ください。
久留米絣
- 工程:久留米絣の工程の一つである絵糸描きと手括りの実演を行います。
- 日時:全日間 2月18日(水)~23日(祝・月)
- 場所:出展ブース
ギャラリー


