しなやかな曲線が織りなす繊細な美
はじめに。
駿河竹千筋細工について、簡単に説明しておきたいと思います。
駿河竹千筋細工を象徴するものといえば「虫籠」です。また、花器や菓子器、照明器具など、目にしたことがある方も多いかもしれません。細い竹ひごをつくり、それらを巧みに組み合わせて生まれる工芸品は、軽やかで繊細。竹ならではの特性を活かした優美な曲線が表現されています。
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虫籠は、実際に虫を飼うために使う方は全体の1割ほどに過ぎないそうです。それ以外にも、匂い袋を入れたり、野草を飾ったり、使い方はさまざまです。また近年はカゴを作る技術を応用し、バッグやサコッシュなどのファッションアイテムにまで作品のラインナップを広げています。
お話をうかがったのは、大正時代から続く「みやび行燈製作所」の伝統工芸士、杉山茂靖さん。駿河竹千筋細工の名前の由来について話してくれました。
「諸説ありますけど、『千筋』とは3尺のなかに竹ひごが1000本並ぶぐらいの細かさ、といわれています。1尺がおよそ30cmなので、3尺だと90cm。1000本というと、1本の太さが0.9mm。うちの虫籠には0.8mmの竹ひごを使っているので、千筋以上なんですよ」
駿河竹千筋細工の美しさの理由の一つに、竹ひごがあるようです。他の竹細工の産地が、平たい「平ひご」を用いるのに対し、駿河竹千筋細工では丸く削り出した「丸ひご」をおもに使います。2階の工房へ上がり、ひごづくりを見せていただきました。
造形美の源は、産地に息づく「丸ひご」に
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駿河竹千筋細工では、おもに孟宗竹(もうそうちく)を用います。一昼夜、水につけてやわらかくしてから、丸ひごに加工します。ひごはよく使う1.3mm、1.6mmを中心に、0.8mmから3.0mmまで、作るものにあわせて用意します。分業制ではなく、各自がひごづくりから製作、仕上げまでを担当します。
まずは、小刀を使って、竹の表皮の汚れを落とす「皮削り」から始めます。
「静岡の職人は、小刀のレベルが他の地域より高いと思います。武士の内職から始まったという経緯があるからかな」
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そもそも、なぜ丸ひごなのでしょうか?
「触るとわかりますが、竹は角がすごく立っています。これで虫籠をつくってしまうと、虫が引っかかったり、切れたり、鳥の羽を傷つけたりするからね」
独自の「曲げ」の技で成形
ひごづくりを終えると、ひごを留めるための竹枠をこしらえます。つくるものにあわせて曲線の角度を変えるために、みやび行燈製作所では13種類のコテを使いわけ、経験則で曲げていきます。この「曲げ」は他の作業よりも神経を使うのだとか。
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「一定の力加減が求められるので、他の力仕事をしたりすると、手が震えたり、微妙な狂いが起こったりすることがある。だから、曲げるときは他のことをしたくないんです。また、三角、四角などの多角形は、すべての角を均等に曲げるのに職人の経験や勘を要するので特に難しい作業です」
道具から、精巧な芸術へ。家康公に献上された記録も
平ひごではなく、丸ひごを使うなど、他の産地と比較して独自の発展を遂げた駿河竹千筋細工。その歴史を振り返ってみましょう。
静岡の府中(現在の静岡市葵区)を流れる安倍川の支流、藁科川の流域は、昔から良質な竹を産し、竹を使ったザルやカゴなどの生活用品がつくられてきました。
江戸時代に入ると、籠枕が東海道を行く参勤交代の諸大名の間で人気を博し、寛永年間(1624年~)には、編み笠や虫籠、花器などがつくられ、「孝行をするが第一、竹細工」の雑俳が詠まれるほど、駿河竹細工の名声は広がりました。
また、鷹狩りが好きな徳川家康公のため、鷹の餌箱を献上したという逸話も残されています。
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駿河竹細工のなかでもっとも特徴的だとされる、精巧な丸ひごを使った「駿河竹千筋細工」は、1840(天保11)年、華道や茶道、機織に秀でた菅沼一我氏(号は芳州庵)が、清水猪兵衛氏に教示したのが始まりです。この頃から、より繊細で高度な細工が生み出されるようになりました。以後、菅沼氏は多くの弟子を教養し、現代に続く礎を築いたと伝わっています。
弥生時代から続く竹の恵み
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多くの伝統的工芸品の産地がそうであるように、当地で採取できる材料と、工芸品の関係は切り離すことができません。駿河竹千筋細工も、良質な竹に恵まれました。
弥生時代の登呂遺跡からザルやカゴが出土されていることからも、古くから竹の生活用品が定着していたことがうかがえます。
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竹の採取は12月中旬に始まり、年内には切り終えます。屋外で使う農家のカゴなどは青竹のままで用いますが、駿河竹千筋細工では、1時間ほど煮沸して青みを抜きます。そうすることで、内部の水分が抜けて収縮がなくなり、かたく引き締まり、綺麗な白竹になるのです。
余白の時間と経年の美を愛でる贅沢
伝統的工芸品は、工業製品に比べると万能ではありません。その代わりに、手に入れた人にしか味わえない贅沢があるといいます。
「最近はバッグが売れていますが、『もう少し深いほうがいい』という声も時々耳にします。でも、全ての意見を反映させる必要はないと思うんです。おしゃれには犠牲が伴うと思っていて、万能よりも、あえて少し足りていないほうがかっこいい。たとえば、ものがたくさん入るから便利だとしても、小柄な方が大きなバッグを持つとどうしてもアンバランスに見えてしまうことがありますよね。僕は、繊細で小さなバッグだからこそ、持つ人の凛とした美しさが引き立つのではないかと思うんです。使い勝手よりも少しの不便さを残した方が、より魅力的に感じられることもあるのではないでしょうか」
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バッグが人気なのには、きちんとした理由があります。それは、虫籠の製作で培われた技術が活かされているからです。虫が引っかからないように工夫された丸ひごは、洋服を引っかけたりすることがなく、それでいて、虫を守るためにしっかりつくられているので、なかに入れたスマホの画面が割れるようなこともありません。
季節感もまた、伝統的工芸品の魅力といえます。
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「竹は夏のものだから、バッグは6月から9月までのあいだに使ってもらうのがいいと思います。使わない時期があるから、使うときに意識して使う。5月頃になれば、あの人に見せたいとか、旅行に持って行こうとか、ウキウキが起きるわけ。年中使えると便利かもしれないけど、不便な楽しみというのはあって。便利にし過ぎると、伝統工芸ってなくなるような気がするんですよ。風鈴なんかも同じで、ほんとうに暑くて風がない日だからこそ、その音を楽しんでもらいたい。うだる暑さのなか、たまに響く“ちりん”という音。1年に数日しかないかもしれないけど、涼を音で聴くことで、肌に心地よく触れ、汗をさらりと乾かす風がより鮮明に感じられる。そんな時間は、四季のある土地に生きる我々にとって、豊かな瞬間だと思います。バッグを手に取る季節を思い描いたり、風鈴の音が鳴るのをぼーっと待ったり、時間の余白を楽しむというのかな」
時間というのは、すべての人に平等で有限なもの。その時間をいかに過ごすのか。伝統的工芸品とともに過ごす「余白の時間」は、最高の贅沢ではないでしょうか。
駿河竹千筋細工は、大切に使えば長持ちしますし、修理などの対応も可能とのこと。ほとんどが手作業なので、竹ひごが折れても、その部分を抜いて新しいひごを刺せば大抵のものは直ります。実際、杉山さんの祖父が4、50年前につくったという煙草盆もまだ現役だそうです。
最後に、伝統的工芸品だからこそ得られる喜びについてお聞きしました。
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「『虫籠が欲しいけど、置く場所がない』というお客様がいらっしゃるけど、それは逆で、迎え入れることで、家のなかを片づけて、置く場所を工夫して、つまりは暮らし方も変わっていくこともあるのではないでしょうか。野草を飾ろうと思ったら、それまでは興味がなかったとしても、自然と野草を探す目線になりますよね。そういうきっかけを作るのも職人の仕事だと思っています。作り手としては、もともとが献上用というのもありますし、美しさについては重きを置いていますよ。田舎くさくなく、かといって都会すぎないように。あと、工業製品は手に入れた日がピークだけど、自然素材のものは愛用したその先に最高の状態が待っています」
駿河竹千筋細工は、使い込むうちに経年変化によって徐々に美しい飴色へと変わっていき、さらに、シミや汚れさえも愛着という価値に変わっていきます。そして、親から子、孫へと世代を越えて受け継がれていくのです。
取材・文/萩原健太郎
撮影/柿崎豪
編集/山﨑若菜、森木友香
<イベント情報>
2025年の第三回銀座名匠市では、今回訪れた「駿河竹千筋細工」の職人の杉山茂靖さんによる、技の実演を行います。繊細な技術に裏打ちされた匠の技を、ぜひご覧ください。
駿河竹千筋細工
- 工程:駿河竹千筋細工の一番の特徴であるひご作りを行います。
- 日時:全日間 2月19日(水)~24日(振・月)
- 場所:出展ブース
ギャラリー
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