職人たちの手で受け継がれてきた機能美

はじめに。
岩谷堂簞笥について、簡単に説明しておきたいと思います。
種類としては、3尺、3.5尺の整理箪笥を基本として、現在では、衣裳箪笥、茶箪笥、小箪笥、書棚、座卓などが製作されています。また、階段としても利用された階段箪笥、船に積み込んで金庫の役目を果たした舟箪笥、火事などの災害時に移動しやすいように車が取り付けられた車箪笥など、変わり種の箪笥もあります。
近年は、箪笥と同じ材料、製法による小物入れや写真立て、花瓶、時計などのインテリア用品も人気です。

特徴としては、欅の木目が際立つ「漆塗り」による仕上げと、表面を装飾する「金具」があり、実用的な道具としてだけでなく美術的な価値を備えています。

今回、取材でうかがったのは、岩手県奥州市の「岩谷堂簞笥生産協同組合」。理事長の八重樫新也さんに、工場、ショールームをご案内いただきました。

欅の木目を際立たせる漆塗りの技術

向かったのは、八重樫さんが代表を務める岩谷堂家具センターの工場。岩谷堂簞笥の製作は、大きく4つの工程(木取り・木部・漆塗り・金具付け)に分かれており、それぞれが分業で行われています。

最初は簞笥の部材をつくる「木取り」の工程。木材は元来無垢材が基本で、近年は表面に欅、内部に桐を使うものもあります。屋外での自然乾燥、機械による人工乾燥を経た後、切断、加工されて箪笥の部材となります。

竿。同じものを正確に早くつくれるようにと、先人の工夫から生まれた道具。
部材を組み立てていきます。表面に見えない部分にも匠の技が光ります。

「設計図は描かずに、我々が『竿』と呼んでいるものさしを使って部材をつくっていきます。幅、奥行、高さと必要な寸法はすべて竿に書かれているんです。同じ家具でも寸法が変われば一本の竿が必要なので、もう何百本もあります」

竿で計り、切り出した段階の部材を機械で寸法通りに加工し、木取りの作業は終了となります。

次が、部材を組み上げる「木部」の工程。熟練の職人の手で、ノミやノコギリを駆使して部材を組み合わせていき、組み立てが終わると鉋をかけて表面をなめらかにします。

漆塗りの作業の様子。近年は、藍色の漆も人気とのこと。

箪笥が組み上がると、別室に運ばれ、「漆塗り」が行われます。漆を塗ることで、耐久性を持たせつつ、木目を際立たせ品格を高めます。漆の乾燥には、湿度が高いことや屋外が無風であることなど諸条件が必要になるため、作業環境のコントロールが大変なのだとか。

手打ち彫りの「鳳凰」の金具。羽毛の一本一本まで繊細な技が宿っている。

最後の工程が、岩谷堂簞笥を特徴づける「金具付け」。こちらの飾り金具は分業で製作されており、「手打ち彫り金具」と「南部鉄器金具」の2種類があります。前者は、銅板あるいは鉄板に下絵を貼り付け、鏨(たがね)で図柄を彫っていくもので、完全にオーダーメイドです。後者は、近隣の水沢の南部鉄器の技術を活かして鋳型に鉄を流し込み、冷えた後に取り出して仕上げるので、量産が可能です。

道具を使い分け、箪笥を飾る金具を仕上げる

岩谷堂簞笥の飾り金具の手打ち彫りを一手に担っているのが、彫金工芸菊広の伝統工芸士、及川洋さんです。職人として28年のキャリアを持ち、亡き師匠、菊池廣志さんの屋号と工房を譲り受けて10年が経ちました。

手打ち彫りで使う工具の鏨(たがね)。その種類や当てる角度によって、絵柄の細さや深さを表現していく。

手打ち彫りの工程では、下絵を描き、それを銅板か鉄板に貼り付け、金槌と鏨を使って彫っていきます。鏨の種類は実に5、60種類にも及びます。床に散らばったなかから無造作に選んでいるようにも見えますが、よく使うものは自然と手元に集まるのだとか。

図柄としては、伝統的な龍や花鳥、牡丹などの縁起物が中心で、家紋やペットの写真などがお客様から持ち込まれることもあります。

及川さんに、龍の図柄で実演していただきました。
下絵では輪郭のみを描き、彫り終わったら紙を外して、龍のうろこなどの細かい模様を経験と手の感覚を頼りに彫っていきます。この繊細で綺麗な線は、手打ち彫りならでは。そして立体感を出すため、木の台にあてながら表裏から叩いていくと、徐々に龍が姿を現し始めます。まるで生命が宿ったかのように力強さがみなぎり、今にも空を飛び回りそうな迫力でした。

作業を進める中で、特に難しい点、注意する点について尋ねました。

「鏨で叩けば誰でも線は付けられるんですけど、同じ力加減で叩き続けるのが難しいですね。箪笥には、同じ図柄の金具がたくさん取り付けられますから、差がありすぎるのも格好悪い。師匠には、龍が仕上げられるようになるまで、10年はかかると言われました」

ルーツは平泉文化と奥州の風土に

岩谷堂簞笥の起源は、12世紀の平泉文化にさかのぼります。平泉は世界遺産にも登録されており、現在も中尊寺金色堂や毛越寺庭園などから往時を偲ぶことができます。鎌倉幕府もそれらを参考にしたといわれるほど、優美で最上の仏教文化を表現していました。

その後、江戸の天明年間(1781〜1789年)に岩谷堂城主、岩城村将が米に頼る経済からの脱却を目指し、家臣の三品茂左衛門に箪笥の製作を命じました。さらに、文政年間(1818~1830年)には鍛冶職人の徳兵衛が彫金金具を考案し、これが岩谷堂簞笥の原型となりました。

当然ながら、材料が豊富であったことも、現在まで続いている大きな理由となっています。

「現在でも、主原料となる欅は岩手県内で調達できますし、平泉の時代から砂鉄が採れるほど鉄資源にも恵まれています。また、最近では量が限られていて箪笥にはあまり使われなくなりましたが、岩手県の北部の浄法寺は漆の最大産地なんです。」

江戸時代以降、時代に合わせて進化

「我々の世代くらいまでは、結婚した娘に、岩谷堂簞笥の3点セットを持たせるのが習わしでした」という八重樫さん。

長持のような大型の箱から始まった岩谷堂簞笥の歴史は、江戸時代以降、技術を進化させ、お客様のニーズに耳を傾けながら、種類を増やしてきました。

左:階段箪笥 右:車箪笥(提供:岩谷堂簞笥生産協同組合)

「代表的なものだと、階段の下部に収納できるように工夫した階段箪笥や、火事があったときにすぐに持ち出せるようにと車輪をつけた車箪笥などがあります。また、箪笥によっては、引き出しの奥に『忍び』と呼ばれる隠し箱があるんですけど、嫁いでいく娘に対して、『何かあったときには、ここにお金が入っているから使いなさい』という思いが込められていたようですね」

岩谷堂簞笥は伝統に固執することなく、地元の箪笥まつりに訪れる来場者と直接交流し、さらに問屋を介して全国の顧客から寄せられる声を積極的に取り入れ、新商品の開発に活かしています。最近では、省スペースに置けるインテリア小物や、部屋の一角に飾れる仏壇も人気を集めているそうです。戸建て住宅に代わりマンションが増え、ライフスタイルが多様化する昨今ですが、部屋の広さや用途に合わせてサイズや引き出しの数などを調整できる岩谷堂簞笥は、今の時代にこそ取り入れたいアイテムともいえます。

人を思い、暮らしに寄り添う用の美

人を思い、暮らしの変化に寄り添い、用の美を進化させてきた岩谷堂簞笥。
地元のお宅では、祖父母の代から伝わる箪笥が修理をしながら大切に使われたり、機能美に惚れ込み、買い足したりする方が多いそう。伝統的で品格がありながらも、モダンな空間との相性の良さを感じさせるのも、その理由ではないでしょうか。

「漆塗りの木目や飾り金具を見て美しいと感じて足を止め、引き出しを開け閉めしているうちにふっと他の引き出しが開くという、そうした精巧さに惹かれるお客様が多い印象です。写真では伝わらないことが多いので、ぜひ実際に触れてみてほしいですね」

取材・文/萩原健太郎
撮影/柿崎豪
編集/山﨑若菜、森木友香

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